都営地下鉄三田線白山駅の南東、徒歩3分。旧白山通りから東へ入ったところにある。天正9年(1581年)に密蔵院として開創し、後に現在名に改称した。天和3年(1683年)に放火の罪で処刑された八百屋お七の墓があることで有名。 お七の墓は本堂に向かって左側にある。墓石は三基並んでおり、中央のものが最も古く、向かって右側のものは寛政5年(1793年)に歌舞伎でお七役を演じた5代目岩井半四郎が建てたもの、左側のものは近所の人々がお七の270回忌法要のために建てたものである。中央の墓石は、恋の成就のまじないとしてかきとられて小さくなっている。 お七の恋や放火事件に至る経緯に関しては諸説があり、定かではない。